「1+1=3」

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この春、息子が誕生しました。ちっこいキャディーさんに見えますが息子です。 

 

そのことで、割と友人たちには(父親になったことを)驚かれることも多い。

僕はそういうイメージのタイプで、一人を好む人でした。家とか、肩書きとか、家族とかに興味がないタイプで、言うなれば「他人との暮らし」の幸せみたいなものを、自分ごととしてイメージできなかったタイプ。

  

それがどうだろう。その時々の場面で「よく分からない流れが起きましたけど、随分とオモシロそうですね」こんなクールぶった心持ちで選択してきたところ、妻、息子、猫2匹と島暮らしをしてました。他人行儀な言い方に聞こえますが、一番驚いているのはやっぱり自分なのです。

 

今日は話が長くなるので、先に結論を書いておくと、結婚と家族はサイコーだ!です。お時間ある方はこの後もお付き合いください。

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信じてもらえなかった嘘のような結婚

加茂家は結婚自体が青天の霹靂でした。6年前に結婚(婚姻届)した時、二人は福岡、東京に住んでいて、なおかつ恋人関係は解消していて、連絡もさほど取りあってない頃のこと。それが、まるで「何者かが結婚したらおもろいぜ」と言わんばかりの不可思議な現象がミルフィーユのように重なり「これで結婚するなんて、自分もビックリでしかないけど、このミルフィーユは食べた方がオモシロいことになるぜよ」という、心の声をキャッチし、最後は何者かに「土俵際の寄り切り」されたかのような経緯で、愛でたく結婚に至りました。

結婚した日も、いつも通りの日常をお互いに過ごしていたので、一緒にいたわけではなく、貴重なオゴリーズン(奢ってもらう理由)を無駄にしまいと、その日の夜は幼なじみ6人を集めて、結婚報告したのでした。ただ、無銭飲食には成功するも(財布を持ってなかったので)、そこにいた5人は恋人もいない僕が突然発表した、嘘のような結婚を信じてくれなかったのでした。

 

僕は福岡に、妻は東京のままで夫婦の形がスタートしました。晴れて夫婦となった二人が再会したのは、夫婦とやらの関係になって3ヶ月が過ぎた頃。福岡空港で自分の妻とやらが降りて来るのを待ってる時は、なんだか妙に妙な気分でした。

親や友人に一番理解されなかったのは「いずれ一緒に住む予定もなかったこと」。それぞれのライフスタイルを互いに尊重したいだけなのですが、両方の親をはじめ、周りの友人の多くは首をかしげるのでした。

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そんな始まりも1年後には、奥さんが住む東京へ引っ越しです。理由は友人と下北沢でカフェバーを一緒にやる話になった為。僕は下北沢で一人暮らし用の小さなアパートを借り、家と職場が下町エリアの奥さんとは自然な流れ(?)で東京23区内別居の形になった。

これには福岡時代に増して、色んな人から「なんで結婚したんだ?結婚の意味あるの?」と、言われることに。結婚を決めた理由を言語化するのは、当時も今も難しく、絞り出して言うなら「心のコンパスに従っただけ」と、三流ポエムを詠むことしかできないのです。

 

それから1年半後、ノスタルジックな根津という町に魅了されたことで、根津の古民家一軒家に住みたくなった二人。一人で文京区である根津の一軒家に住むには家賃相場が高すぎるので、家賃を折半するWin-Winプランが浮上。結婚してから2年半が過ぎた頃、二人で暮らすようになったのでした。

そして現在は、不思議な縁に導かれるように、愛媛の島に住んでいます。 

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アナスタシアが定義した 1+1=3 

二人で始めた島暮らしも、徐々に家族が増えていきます。まずは猫でした。

生まれたばかりの赤ちゃん猫を連れて、我が家のベッドの下でお乳をあげていた近所の飼い猫親子を発見。飼い主のもとに親子を届けるも、不可思議な言動、行動をするので、結局、我が家で引き取ることに。17歳以降、15回以上引っ越しをして、長期で家を空けることも多い僕にとって、猫と一緒に暮らす決断は簡単ではなかったですが、これも不思議な縁で、今は本当に彼女達との暮らしに幸せを感じています。

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猫を迎えた2週間後、最も予測していなかったニュースが飛び込んで来ます。今度は子宮内生命体がいるのが分かったのです。

今世で子を授かる気がなかった加茂家にとって、知った時は「授かる」というより、惑星の向こうから「や、やって来るぞー」というニュアンスがピッタリ。そして愛でたく、今年の春に彼と対面しました。 

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槇原敬之さんいわく、どうしようもない僕に天使は降りてくるもので、天使到来による世界の拡大や、今までとすっかり変わった世界の見え方に頰が緩む毎日を送っています。

 

そんな、どうしようもない僕のもとに一冊の本も降りてきます。彼が生まれる前から先行予約して、心待ちにしていたアナスタシアの6巻『一族の書』です。

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アナスタシアの息子と父親の、数学についての会話シーン。「1+1=2だよ」と言う父に対し、動物、自然界からもリアルに育てられた息子は指を数えながら言います「ママにパパを足すとぼくになる、生きた次元では1+1=3だよ」と、指を3本立てるのです。

『大宇宙に生きる 空海』の著者・松長有慶猊下が伝える「多元的な価値観」に心触れた僕にとって、こういうことを多元的な価値観と言うのだろうかと、アナスタシアの中でも特別胸が踊ったエピソードの一つです。

 

今感じるのは、1に1を足して、3に跳ね上がるように、結婚や家族ができることは、視野が拡張し、楽しみ方が変化していると感じます。

最近の僕はと言うと「父乳の出し方」とググる髭モジャ野郎と化してしまっており、3からもたらされたオキシトシン(母性ホルモン)野郎の仕業だと確信しています。環境が変われば、奇行も含め、新しい発想が出てくるものですね。

 

そして何のタイミングなのか、加茂一族は来年中には今のホームをレスすることだけが決まっており、自宅とお店が同じところのため、家も職も同時に失います。良い意味で新しいライフスタイルを作る良い機会となります。

今まで一人を好み生活してきた頃とは、楽しみ方や次のビジョンの種類が今までとまるで違うのです。次から次へと職も家も変えてきた僕は、根っこでは外部に依存していただけに思えるのです。住まいや仕事はもっと自分で作れるし、作りたい。その広がった世界を家族で楽しみたいと思うのです。

 

結婚をして家族ができた今、僕が感じていること。

 

それは、「新しい自由時間」の始まりなのです。

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まずは父乳絞りからですね。

 

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 ▶︎ロシアに住むアナスタシア。ダイジェストで知るなら敬愛する中川圭さんのブログをどうぞ