外人に学ぶ。日本は美しさの国だと思う。

九島 夕日

「日本の人は自分を否定してる人がすごく多い気がする」はい。僕もそう思います。 

実はね、この記事を書こうと思ったきっかけが日本に来た彼らが「自分を縛り付ける日本人はなぜだ?」という素朴で熱い質問を立て続けに受けたから、これを書こうと思ったんだ。

そして美しいと言われる。「日本の人はすでにキレイだ」ってみんなよく言ってくれますね。けどこれは感覚値的には「キレイと美しいは違うよね論」でいくと「日本の人は美しい」と言ってるニュアンスです。

 

だけど「もったいない」という声も仲良くなる頃に聞きます。空気的には愛を持って心配してくれてる様子でね。

 

もしあなたが「メイクアップやスキンケアをたくさんしないと異性にモテない」「飾り物やキメタ服を着て自分をよく魅せようと努力してる」ならば「そもそも日本がどうなろうと関係がない外人意見」の「もったいない」に耳を傾けてみる価値は十分にあります。

 

最近感じる日本の空気感。

 

いつの間にか生き方にも、コモンルール(暗黙の了解)ができている

都会を中心に「やれ発信、マーケティング。これ発信、ブランディング」って、昔の僕自身も含めて「何か魅せなきゃ病」みたいなのがあるでしょ。SNS国民皆作家時代だし。

大都会にいると、その他大勢に埋もれてしまう恐怖を感じることがあるから、何かを発信して「ワタシはここにいますよ」って気づいて欲しいためにもやっている。自分のアイデンティティを保つ的にやってみるのも僕はありだと思う。その繊細な感情が誰かを救うことがあるし。

 

おっかないのは「成功したければこれしなさい的なフォーマット」に胸キュンしちゃうと、ややこしくなる。「誰かが決めた本物」「誰かが決めた魅せ方」「誰かが決めた幸せ」への追従、憧れが始まる。さっき言った「しなければならない」になっている。

 

待っているのは、自分のオリジナリティ(個性)から遠のく自分。

 

人も地域もすでに「唯一無二」の存在

目立っているとか、ハイソサエティとか、経歴がすごいとか、そういう意味での唯一無二ではなくてね。

十人十色。地域性という言葉があるように、その人やその地域にしかない色や音や味がある。(スピリチュアルな展開になってきましたね(笑))

 

例えば、田舎とひとくくりにいっても、

「山の民は農の人だから時間をかけて育て、海の民は漁の人だから0か1かが好き」と言われる。

だから山村に行くのと漁村に行くのでは、空気感、人柄、全然違う。 


日本の離島を200以上まわってサポートしてる方が断言したことは

「似た島はあっても同じ島は絶対にないから200もの島を回り続けて未だ飽きることはない」って言ってた。

 

僕なんて「東京から引っ越したという”色”」が「この地域の色」と比べた時に珍しいから、「ラジオ番組」をやるきっかけになっている。それだけ。シンプルでしょ。

YouTubeでおりこうさんなモノではなく、お馬鹿な面の自分を出したらみんなが、炎上して見てくれる時代でしょ。

 

だから外人さんたちが言うように「人の目を気にしないでいい」「自分を否定しないでいい」。「っぽい」でいいんです。 

 

最後にこの記事を書くきっかけになった、日本語を片言で喋れるジュリアさんの言葉。そのまんま載せます。

「日本人のインサイドはとてもやさしくて、心が広い。だからそんなにアウトサイドなんて気にしなくていいいと思う。判断されるのを恐れなくていい。かたちはすごく大切。けど、かたちだけはカラッポ。」

 

「日本は美しさの国だと思う。」

 

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加茂信志 Shinji Kamo
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